2018.03.28
RECRUIT

Story Design houseで「自分で道を切り拓く仕事を」

こんにちは。Story Design house山本です。今回の社員インタビューは、Story Design houseのブランディング、及び戦略部分を担う曽根さんにお話を伺いました。

 

 

<プロフィール>

曽根圭輔 : Keisuke Sone

スポーツマーケティング、広告代理店、デジタル動画メディアなどを経て2017年よりStory Design houseに入社。代理店では、PRエージェンシー、クリエイティブエージェンシーに出向するなどマーケティング領域の幅広い業務を経験。直近では、ラグジュアリーブランドのエグゼクティブマネージャーとしてブランディング及びマーケティング活動をリード。またデジタル動画メディアのグローバルマーケ責任者として、アジア市場へのマーケティング戦略立案及び実行。XPJPプロデューサーとして、日本独自の伝統や文化のブランディング展開にも参画。

 

 

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お客様に感動をあたえることができる喜び

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この業界に入ったきっかけを教えてください。

 

 

新卒からスポーツマーケティングをやっていました。例えば、海外のサッカーチームを日本に誘致し、Jリーグクラブとの試合をセットし、その開催権をメディアに販売するなどしていました。

 

 

曽根さん自身はスポーツをしていたのですか?

 

 

そうですね。学生時代からずっとスポーツはしていて、社会人になってからも35歳くらいまではラクロスを続けていました。土日は全てラクロスに捧げていて、平日も仕事が終わったらトレーニングをしていました。

子どもが生まれてからだいぶペースは落ちましたが、月に2、3度はやっていましたね。ただ長年激しいスポーツをしていた影響ですぐに脱臼してしまうガラスの肩になってしまい、3年前に左肩の脱臼癖を治すために手術をしました。その翌年に久しぶりにラクロスをプレーして右肩を骨折。そしてボルトを入れることとなり、なんと2年間で両肩を同じ先生(隣のマンションに住む友人)に手術してもらうという羽目になりました。家族からは大変怒られまして、最近は楽しむ程度にしています。次に怪我をしたら恐らく勘当されると思います(笑)。

 

 

 

 

曽根さんのスポーツにかける情熱、大変よく分かりました(笑)。 その情熱がどのようにスポーツマーケティングという仕事に結びついたのでしょうか?

 

 

学生時代にスペインとイギリスに1年半くらい交換留学をしていた際、地元の友人と話をする中で「お前将来何やりたいんだ?」というようなトピックの会話がとても多かったんです。正直留学するまではそのようなことを考えてもいませんでしたが、彼らとのコミュニケーションやスポーツを通して、「スポーツをより大きなビジネスにしたいな」と思うようになりました。海外でスポーツマーケティングのポテンシャルも肌で感じることができたので、「日本でもやれることがあるのではないか?」 と思ったのがきっかけです。

 

 

当時、スポーツマーケティングを取りまく状況はどういったものだったでしょうか?

 

 

日本のスポーツマーケティングは業界自体がまだ成熟しておらず、スポーツマーケティング自体を経験している人も多くなかったですね。その状況は今もさほど変わらないのですが、僕が新卒で入社する際、他の方は皆経験のある転職者だったので「自分はスポーツのことは好きだけど、コミュニケーションやマーケティング自体を理解していない」ということをすごく実感しました。そもそもそこが分からないとスポーツ業界の中でも何もできないなと。働いてみたからこそ分かったことでしたね。

 

 

携わった仕事の中で印象的なプロジェクトはありますか?

 

 

今でも印象深い思い出となっているのは、銀河系軍団と言われるレアル・マドリードを日本に呼んだ仕事です。やはりすごく大変だったんですが、試合に来たお客様がとても感動してくださり、改めて楽しいなと感じました。その経験を通し、人に喜びや感動を与えられる仕事って素敵だなって思いました。今でもそういう仕事を多く生み出したいという想いにつながっています。

 

 

その後、スポーツマーケティングから広告業界へなぜ転職をしたのですか?

 

 

スポーツマーケティング時代に、そもそもマーケティングでどうお金を稼ぐのか?  どうやって商品を売り出すのか? という全体像を理解しなければ、クライアントにとって正しい解決方法を導くことができないと感じました。そこでまず一旦スポーツ業界から離れ、マーケティング、広告を1から勉強しなおそうと広告業界に入りました。

 

 

大手ブランドのPRイベントもオーガナイズしていたということですが、そのエピソードを聞かせてください。

 

 

ある有名な時計メーカーの、大型商品のローンチイベントが大変思い出深いです。そのイベントのコンセプトは比較的スムーズに決まったのですが、肝心のスペシャルゲストがイベントの1週間前になっても全く決まらず、キャスティング会社からも完全にサジを投げられる始末でした。「もう自分でやるしかいない」という状況にまで追い込まれてしまったんですね。「どうしよう」と思いながら過ごしていたのですが、その時、当時世間から大きな注目を浴びていたなでしこジャパン(サッカー日本女子代表)の、オリンピック出場権を獲得した決勝戦大会がTVで放送されていたんです。ちょうどイベントの3日前でした。そこで「その試合の決勝点を決めた選手をゲストで呼んだら意外性もあるし、ストーリー的にも面白い!」とヒラメキ、スポーツ業界にいた時のネットワークをフルに活用し、日本へ帰国前の選手にコンタクトをとり、スペシャルゲストとしてイベントに出て頂けることになりました。このイベントは大きな反響となり、クライアントよりイベント2日間で年間売上を達成しましたと言われました。まさしく土壇場からの大逆転勝利でした。

 

 

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「自分で道を切り拓く仕事」を

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その後、2017年にStory Design houseに入ることになったきっかけを教えてください。

 

 

直近では比較的大きな組織の中で有名ラグジュアリーブランドの広告、ブランディングの仕事をしており、もちろんそこから学ぶことも当然たくさんありました。しかし僕は自分で道を切り拓く仕事をやっていきたいなという思いがあり、既にブランドが確立されていたり、人気のある商品・サービスを手掛けるよりも、0→1で創るものや、リブランディングしていく仕事にやりがいを感じます。Story Design houseでは、そういう仕事に多く携わることができる可能性があると感じたことが大きな理由のひとつです。

 

 

Story Design houseではどのようなことを担当していますか?

 

新規顧客の開拓と、クライアントとのコミュニケーション戦略設計を主に行っています。それと、昨年X-TANKコンサルティング株式会社代表取締役社長の伊藤嘉明さんと共同主催で「世界を変えていくのは、よそ者、バカ者、若者-これからの新しい働き方革命」というイベントを開催しました。本イベントは特に働き方に特化したコンテンツでしたが、今後も新しい価値観を社会に還元していけるようなイベントを継続して開催し、Story Design houseの価値をさらに高めていきたいです。並行して既存のクライアント向けワークショップも開催し、クライアントにとっても更に新しい価値を生み出せるような提案もできるように進めています。

 

 

数々の経験を踏まえ、曽根さんが仕事をする上で心がけていることは何ですか?

 

 

仕事において、自分の好きな仕事、嫌いな仕事、自分の苦手な仕事、得意な仕事を4分割で分けると、自分の好きな仕事、得意な仕事にリソースを統括したほうが良い質の仕事ができると思っています。その部分をやることで、より大きな価値を生み出せると思いますし、クライアント、そしてその先のお客様に対しても喜びや感動を与えられる仕事ができると思っています。逆に自分の得意分野でない仕事は、積極的に得意な方にお任せするようにしています。現在もマーケティング、コミュニケーション戦略のプロとして高みを目指すべくMBAに通いながら日々理解を深めています。

 

 

 

 

Story Design houseで今後具体的にやってみたいことを教えてください。

 

 

Story Design houseのオフィスは今日本橋にあります。日本橋は、歴史と伝統のある企業が集まっている場所ですよね。私たちは自分たちのPRやマーケティングの知見を持って、この土地の企業の方に対して、ビジネスの更なる成長の支援をしていきたいと考えています。いわゆる「老舗」のマーケティング手法ですが、私たちにとっても深い学びがあると思いますし、それによって日本橋界隈の更なるブランディングや成長に貢献したいと考えています。

 

 

インタビュー:山本

編集:池永